森と氷河と鯨

本日のご紹介は写真エッセイ集です。

写真家・星野道夫氏の写真と文章で綴られている
『森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて―』(世界文化社、1996年)です。

これは星野氏が月刊『家庭画報』(世界文化社刊)に、
同タイトルで1995年8月号から1996年9月号まで連載したエッセイをまとめたものです。
ご存知の通り、星野氏は1996年8月8日に、
この連載エッセイの取材で訪れていたカムチャツカ半島クリル湖畔で、
就寝中のテントをヒグマに襲われて急逝されました。
よってこの連載も未完となったわけです。
本書には連載予定だった分の著者の日誌と写真も掲載されています。

星野氏はこの連載の取材で南東アラスカの町・シトカから北上し、
シベリア、そして最後にはアジアにも渡る・・・
と書くと「旅エッセイ」のようですが、中心となるのは、
「その地に住む人々の関わり」です。
その地に住む人々というのはネイティブアメリカンイヌイットのことです。
さらにそれに彼らの神話の中で大きな役割を果たす、
ワタリガラス」という鳥が、この本に載っているエッセイの
それぞれのテーマをつなぐ役割をしています。

ネイティブアメリカンの不思議な神話世界だけでなく、
写真も素晴らしく、写真集としても価値がある一冊です。

Jackがとても気になった個所を紹介しておきます。
38頁のあたりです。
クイーンシャーロット島で、祖先の聖なる地を守って暮らしている、
ウォッチャーという人を取材して、得た話だそうです。

「20世紀になり、強国の博物館が世界中の歴史的な美術品の収集にのりだす時代が始まった。そしてクイーンシャーロット島もその例外ではなかった。多くのトーテンポールが持ち去られ始めるが、生き残ったハイダ族の子孫も次第に立ち上がってゆくのである。彼らはその神聖な場所を朽ち果ててゆくままにさせておきたいとし、人類史にとって貴重なトーテンポールを何とか保存してゆこうとする外部からの圧力さえかたくなに拒否していったのだ。」

「その土地に深く関わった霊的なものを、彼らは無意味な場所にまで持ち去ってまでしてなぜ保存しようとするのか。私たちは、いつの日かトーテンポールが朽ち果て、そこに森が押し寄せてきて、すべてのものが自然の中に消えてしまっていいと思っているのだ。そしてそこはいつまでも聖なる場所になるのだ。なぜそのことがわからないのか」

わからないと思いますよ。
結局のところ、世界中でよく知られる宗教では、
「神聖な物」も人間が作り出した物体が象徴するようですし、
もっと儀式めいてますよねぇ。
自然に帰って神聖なものになっていく・・・とは考えてないように思えます。

星野氏も
「目に見えるものに価値を置く社会と、見えないものに価値を置くことができる社会の違いをぼくは思った」
と記されていますが、その通りで、
目に見えるものにしか価値を置けないということは、
創造性の点ではともかくも、想像性の点で劣るように思えます。

ネイティブアメリカンに限らず、
昔ながらの習慣を守って生きている人たちの暮らしを考えると、
環境問題、少数民族問題など、難しい問題ことだけでなく、
日常を煩わしく過ごしている自分を省みることができて、有意義です。

ステキな写真とともに、
今日びの日本とはかけ離れた、伝統と神話の世界を覗くのに最高です。
一読をお薦めします。